2024年3月11日~12日(東北→岩手、青森、秋田)
今回はJR東日本の「えきねっと」専用で、1日1万円でJR東日本の新幹線、在来線と1部の会社線の乗り放題の旅です。(最後にpdfファイルを添付しています)
今年1月の「大人の休日クラブ」で発表になり、「さてどこに行こうか?」と何となく考えていました。「そうだ、今回は電車に乗るだけの、鉄道好きの子供みたいな旅をしてみたい」と思いました。しかしただ新幹線に乗るだけではあまり面白くない、あれこれ考えている内に切符販売期間(旅行期間)が近づいてきました。2月中旬だったろうか?切符だけ買っておこうと思い、PCと格闘ながら2日位かけてやっと手続きが出来ました。さて、これをどう切符に換えるのか?「サービスセンター」に電話をすると「おとなの休日クラブのカード」を駅の切符券売機に入れると、全ての情報が入っているから切符に換えられる、とのことでした。やれやれ、やっとのことで切符が購入出来ました。その時、同時に新幹線の座席指定を購入すればよかったのですが、出掛けるまで日にちがあるから、と後回しにしました。これが大失敗でした。出発の二週間ほど前に座席指定券を二宮駅に買いに行くと3月11日の青森方面新幹線「ハヤブサ」午前中の分はすべて売り切れとのことでした。
一日目 3月11日(月曜日)
私の計画では1日目は大磯→東京→盛岡→宮古→久慈→八戸(泊)で、駅員に相談すると、とりあえず盛岡に昼頃着く新幹線「やまびこ」の座席指定を取っておくことでした。しかしそれでは八戸に11日中に着けないかもしれない。「ハタと思い、そうだキャンセルが出るのを待とう」最悪は早い時間の「ハヤブサ」に乗ってしまって3時間立つ覚悟でした。それから毎日駅に行って11日のハヤブサにキャンセルが出ていないか、確認しに行きました。しかし毎日行ってもキャンセルは出ませんでした。駅員曰く「この時期は春休みと、皆さんのような安い切符を求めて旅行する人が多いので、なかなかキャンセルは出ないと思いますよ」という事でした。しかし根気よく駅に行くと駅員も私のことを知ってくれたか、すぐに機械を操作してキャンセルがあるかチェックしてくれました。その甲斐があったか、ついに出発の2日前になってやっと11日の8時20分発のハヤブサが一席だけキャンセルが出ました。努力が報いられた一瞬でした。
天は我に味方してくれたかな?ちょっとオーバーかな?しかしこれで一安心。実は、「えきねっと」で申し込んだ時点では11日が、東日本大震災の日ということを失念していました。当日、11日の8時20分発のハヤブサに乗ったとたんに「そうか、今日は13年目の震災記念日なんだ」と知った次第です。
案の定ハヤブサは全席満席でデッキ周辺には立ってゆく人が沢山居ました。指定席に座ると いつものようにコーヒーを飲みながらあちこちにメールやラインをし、疲れると本を読んだり、景色を見たり、居眠りしたりしていると、いつの間にか仙台を過ぎて3月も10日過ぎると流石に仙台辺りまでは雪は消えていました。
2時間10分で盛岡に着いてしまいました。盛岡は雪景色でした。
やれやれこれで八戸に早く着けそう、盛岡から山田線で宮古へ。宮古から久慈駅まではいわゆるリアス式海岸線を走る風光明媚な線ですがこれはJRでなく会社線です。例の地震でずたずたに破壊されて全線開通までに10年以上かかった所です。早い新幹線で盛岡まで来たお陰で、途中の新田老という駅で降りて、タクシーで絶景の三王岩という所まで行って上から海岸線の写真を撮り、海岸まで遊歩道になっていますが雪道で降りられるかどうか?タクシーの運転手に確認すると「気を付けて下りれば大丈夫」と言われて降りて行きました。昔、山登りで鍛えた身体と、変に納得していました。
海岸まで降りてびっくりしたのは13年前の地震で2000トンもある岩が16m?いや60mだったか?ずれていたそうです。なんとそれに気付いたのは地元の中学生だったとか。漁港近くまで来た時に、これも13年前よくテレビに映された田老観光ホテルの3階までが津波被害に遭い、今もそのままになっていて再建しないで残すとのこと。そのホテルから50~60メートル先が海岸だったところに15m程の防波堤が出来ていて景観が変わってしまったとのこと。近くの道の駅で何か美味しいものを食べて少しだけ復興に協力しようとしたら、時間が午後3時頃でお店がみんな休憩時間になっていて、残念ながら食事は出来ませんでした。それで案内所の受付の所にあった簡単な懐中電灯付きのボールペンを20本ほど購入しました。
2本ほど後の列車で久慈駅まで行き、久慈駅からは八戸線で八戸へ。ここでまたまたハプニング発生、野兎が電車のライトをめがけて来て、運転手が慌てて警笛を鳴らすと、その野ウサギが慌てて、逃げて行きました。今度はなんと列車に鹿が飛び込んできて急停車、ワンマン電車の運転手がその鹿を列車から取り除くのに30分程臨時停車でした。八戸は新幹線も止まる割と大きな駅で駅前にはいくつもビジネスホテルがあり夜8時少し過ぎていたが、ホテルに入ってすぐに、ホテルで聞いて近くの美味しい和食の店で海鮮丼を食べました。少し高かった?が復興支援と思って美味しくいただきました。
二日目 3月12日(火曜日)
八戸→(青い森鉄道)青森→(奥羽線)鷹ノ巣→(秋田内陸縦貫鉄道)阿仁マタギ→角館→(新幹線で盛岡経由)→上野→大磯というコースです。
八戸を朝8時過ぎに出て青森から奥羽線で弘前、大舘、鷹巣までは雪の中を順調に走り、鷹巣からいよいよ秋田内陸縦貫鉄道(私鉄)で阿仁マタギまで行くのですが、乗り換えなしで行けず、途中の阿仁合という駅で乗り換えなければなりませんでした。違う線なら仕方ないのですが、同じ線なので納得いかない、と思ったのはなんと阿仁合駅で2時間半も待ったのです。駅周辺も何もない辺鄙な田舎の駅で2時間半は辛いものがありました。しかし秋田内陸縦貫鉄道も阿仁マタギも何とも魅力的で我慢するより仕方なかったのです。秋田内陸縦貫鉄道はその名前の通り、地図を見てもらうと分かりますが、まさしく山の中を縦貫して走ります。これは一昨年乗った福島の只見線に匹敵するような秘境の中をワンマンカーでノロノロと走ります。これぞ電車旅の醍醐味です。(なかなか理解してもらえそうもありませんが)
阿仁マタギ駅という駅名から、きっとマタギの博物館のようなものがあると思い、阿仁合という駅でいろいろと聞いてみるとマタギ駅の近くに打当温泉という日帰り温泉があり、その建物の中に資料館もあるという、これは本当にラッキーで、しかも電話をしておくと送迎もしてくれるというダブルラッキーでした。因みに阿仁マタギ駅で降りたのは私のほかに2人だけでした。駅に着くと送迎バスが待っていてくれて、10分程で、3月と言えどもまだまだ雪深い温泉&マタギ資料館が堪能できました。
昔、マタギという狩猟を職業にしていた民族が東北地方や北海道にあったとのことのことでした。現在は猟友会が引き継いでやっているようです。また、熊はやたらに殺せなくて、基本は麻酔銃で撃って眠らせて山に返すそうです。毎年決められた頭数は捕獲して熊料理や薬、毛皮など加工しているようです。時間があまりなくて熊肉料理を食べられなくて残念でしたが、次の機会の楽しみが出来ました。
こうして何本か後の列車で角館に出て、新幹線で東京に戻って、大磯に帰ってきました。今回の旅もまたいろいろとハプニングがありましたが、太平洋のリアス式海岸の田老駅で途中下車と秋田内陸縦貫鉄道の阿仁マタギ駅での途中下車で温泉&マタギ資料館の見学出来たことは誠に有意義な旅となりました。
日本はまだまだ広い。次はまた北海道に列車&レンタカーの旅をしたいと思っています。
by テツ&ゴン
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