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続・私の独り旅日記5(1)

2024年11月25日~29日 東北地方独り旅(1)

5日間の長旅でしたので、2回に分けて投稿します。

 今回もJRの「大人の休日クラブ」今年最後の特別企画でJR東日本新幹線・在来線乗り放題18、800円、「えきねっと」で取るのにひと苦労ですが格安チケットなので頑張って何とか取りました。何とも不思議ですが「大人の休日クラブ」のカードを駅の「お得な切符」の所に入れると「えきねっと限定大人の休日クラブJR東日本SP」なる全ての情報が入った切符が出てきます。
 今回はJR東日本だから、新潟→秋田→青森→岩手と回るコースで、ある程度は計画を立てますが、あとはいつものように「何とかなる、何とかする、なるようになる」といたって気ままな、男の独り旅です。さて、こん回はどんな旅になるやら…です。

一日目(11月25日)(二宮→東京→新潟→中条→新潟

 新潟に行くのは仕事以外では、まして新幹線で行くのは初めての事です。東京からの新幹線は慣れたものですが、「とき号」は初めてです。「とき号」にも時間によっていろいろあるらしく、私が乗った列車は東京を出ると次の停車駅は大宮で、その次はもう新潟です。なんと新潟まで1時間50分弱でした。いつものようにコーヒーを飲みながら、メル友に安否確認のメールをしていたら、新潟に着いてしまいました。
 今回は昔の仕事仲間のEさんが、「新潟に行くなら、ぜひ、西方(さいほう)温泉に行ってみては?」と言われたので、一応スマホで行き方などを調べて、新潟駅から特急「いなほ」に乗って中条という駅まで、そこからはあらかじめ予約しておいた駅から送迎バスで西方温泉へ。
 西方温泉は日本海に程近く国道沿いに突然、巨大な親鸞聖人の立像(なんと高さ40メートル)、その隣にこれも大きな建物に「総合会館 西方温泉」なる看板。
 中に入るとこれが何とも不思議な不気味な温泉で、入り口から入っても誰もいなくて、大きな声で呼んでも出てこない、カウンターの上に呼び鈴があり、それを鳴らすと私と同じ位の年の老婆が出て来て一応「いらっしゃいませ、500円です」と。受け付けに隣接した大広間には骨とう品や美術品?などが雑然と置かれていた。温泉はその奥で、温泉の色は茶褐色、微かに石油臭がした。そう言えば新潟は昔、油田が沢山あり、この温泉もその跡地?らしく温泉の親会社はJX石油公社となっていて、なんとなく納得。(昔はもっと強烈な臭いと温泉の色は黒褐色だったとか。)
 お客と言えば、殆ど地元の人ばかり? あとは私のように「秘湯温泉」好きな旅人か?何とも不思議な奇妙な温泉でした。こんな温泉ですが怖いもの見たさ? 変わった温泉好きな方には是非お勧めしますが、普通の方にはとても勧められません。
 中条駅に送ってもらう送迎バス(タクシー)に勿論お客は私一人で、運転手が遠くに雪を冠った山を指して「あれが飯豊(いいで)連峰です」、と言われて思わず、学生時代に苦労して登った飯豊連峰かと懐かしがこみ上げてきました。
 新潟に戻って、これも昔の仕事仲間のIさんが新潟に行ったら駅前の「風天の蕎麦を食べるべし」、とアドバイスしてくれて、駅の観光案内所で場所を聞いて早速駅裏を探しながら小さな店を見つけて入り、お勧めの「混ぜそば」を注文した。すると店員がそばを食べ終わったら「追い飯」と言って、そばを食べた後、残ったソバの汁にご飯を混ぜてまた食べるとのこと。私は多分、蕎麦だけでお腹がいっぱいになると思い、食べられたら「追い飯」を食べることにして、様子を見ることに。蕎麦だけでかなり満腹感がありましたが「追い飯」なるものを経験したくて、ご飯を少し頂いて残ったソバ汁に混ぜて食べたところ、これがまた絶品でした。もう少し若かったらよかった。この「風天の混ぜそば」は皆さんにもお勧めです。

  


 
二日目(11月26日)(新潟→秋田→男鹿のなまはげ→男鹿温泉

 今日は新潟から特急「いなほ」で秋田→男鹿半島へ。この特急料金も、勿論18800円の中に含まれています。新潟→秋田は日本海沿いを走り、秋田迄3時間半。秋田では約3時間ほど待って男鹿半島へ。(この待ち時間が何とも辛いのですが。)ここでも男鹿からは事前予約の送迎タクシーに乗って「なまはげ会館」へ。会館の隣に「なまはげ伝承館」があり、なまはげ行事を寸劇で再現して、経験させて頂く。迫力満点のシステムだ。

《なまはげの意味・語源》
 冬、囲炉裏で長く暖を取っていると手足が火型(火斑)が出来ます。これを方言でナモミと言い怠け者を戒めるための「ナモミ剥ぎ」が転じてナマハゲになったと言われています。「泣いている子はいねが?~」「親の言う事を聞がね~子はいねが?~」と言って入って来る。寸劇は少し現代風にアレンジされていたが迫力は十分だった。今は男鹿半島の80程の集落で毎年12月31日の雪の中の夜に行われているとか。

《なまはげの起源》
 1811年に菅江真澄が「牡鹿乃寒のかぜ」に記録したナマハゲが現在確認できる最古のものとなっています。
*漢の武帝にまつわる説→昔話「九九九の石段」の漢の武帝が引き連れてきた鬼が五社堂に祀られて、ナマハゲの起こりになったという説。
*山の神説→遠く海上から男鹿を望むと日本海に浮かぶ山のように見え、その山には村人の生活を守る山の神が鎮座いる所として畏敬され、山神の使者がナマハゲという説。
*漂流異邦人説→男鹿の海岸に漂流してきた異国の人々は村人にとってはその姿や言語が正に「鬼」のように見えました。ナマハゲはその漂流異邦人であるという説。

つづく

  


by テツ&ゴン

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