海が見える街 大磯町石神台

シニア街道を行く42、「東海道53次藤沢宿」

日本橋から6番目藤沢宿

江戸時代に江戸を中心にした5街道が整備されました。奥州街道、日光街道、甲州街道、中山道、東海道 中でも東海道は江戸と京都を結ぶ最も重要な街道でした。藤沢宿は東海道の江戸日本橋から6番目の宿場町で、品川、川崎、神奈川、保土ケ谷、戸塚、藤沢、平塚、大磯、小田原・・・大津と京都三条大橋迄53宿続きます。
宿場は「継立場」とも言い、人馬の中継所で53次の「次」はこの「継」から来ています。
大名の参勤交代、外交使節団、旅人、飛脚、物資等が各宿場を経由して転送されました。東海道は通常14日間かかり、一日あたり40㎞走破しなくてはならず大忙しだったようです。
年間7から10万人の旅人が利用し、飛脚は最速4-5日で走ったと言われています。
藤沢宿は遊行寺坂辺り(江戸方見附)から小田急線藤沢本町駅の先(京方見附)まで1340mの道に沿ってありました。当時の藤沢宿は人口4089人、旅籠45軒、馬の乗換や飛脚の交代の為の問屋場が2カ所ありました。また藤沢は時宗総本山遊行寺の門前町、江ノ島、大山参詣の中継地としても賑わっていました。

出発 JR東海道線藤沢駅北口

1、遊行通り JR藤沢駅北口前「喫煙所」前、ビッグカメラ横にある標識「遊行通り」入り口を北進

2、「江の島道」にたどり着く
江ノ島道を進んで遊行寺橋迄行き、東海道に入ります。
東海道を挟んだ左右に沿って藤沢宿がありました。

道路脇にトランスボックスと言う観光用の道標が置かれています。

江戸時代盲目の鍼灸医杉山検校が多額の寄進をした江ノ島神宮への道筋案内の為に建てた道標。
江ノ島まで48基建て現在十数個残っています。53次の絵の中にも盲人の旅人が画かれています。
杉山検校は江ノ島詣の途中に独自の鍼灸法を発案し、徳川綱吉の愛顧を受け拝領した土地に研修所を開き多くの弟子を育てました。                   

4、藤沢橋と境川

どんどん江ノ島道を北上すると藤沢橋に到着。柱横のレリーフは藤の花をあしらった藤沢市の市花。。
橋の下に境川が流れています。境川に沿って江ノ島道がある様子がわかります。

境川 水量も多く急流です

5、遊行寺橋
藤沢橋の先、50メートル程進むと右手に赤い遊行橋に到着します。

此処で江ノ島道は終わり東海道に接続します。
一旦橋を渡ってすぐ右にふじさわ宿交流館に行きます。渡った先を見て回ります。

6、ふじさわ宿交流館
藤沢宿に関する資料の展示と共にビデオでの紹介を聞くことが出来ます。
以下は当時の旅行者の持ち物です。夜間使う火打ち石や磁石など準備したのですね。

7、高札場 交流館の脇にあります
宿場には高札場があり、人が集まる所に幕府からのお触れや案内がありました。

8、枡形道路
戦に備え、先を直視出来ないように東海道を鍵状にしてあります。

9、遊行寺(正式名 無量光院清浄光寺) 
盆踊りの元になった踊り念仏を広めた一遍上人(別名遊行上人)の教えを元とした時宗の総本山。
藤沢は本寺の門前町でもあった。正月の駅伝マラソンが道路脇の遊行寺坂を通るのでおなじみか?。
正門入り口  遊行寺橋を渡って直進

本堂

樹齢700年の銀杏の大木、珍しい敵方の供養塔、池、庭等が迎えてくれます。
遊行寺橋に戻り東海道を西に進み左右の道側の藤沢宿を歩きます

藤沢宿
遊行寺坂(江戸方見附)から伊勢山橋先(京方見附)までのの1340メートルの街道を挟む両脇に各種宿場等施設がありました

10、問屋場跡
問屋とは「人馬の継立」人、馬の乗り継ぎを行う場所を問屋場といい藤沢宿では2カ所ありました。
疲れた馬を元気な馬変えたり、飛脚をリレーしたりするための駅です。

直接藤沢宿と関係はありませんが藤沢宿の道筋に沿って義経、弁慶にゆかりの史跡が点在しています。

11、弁慶塚
道路左側の道に沿って済美館というビルの手前の道を奥に進むと弁慶塚の標識が見えます。

階段を登るとすぐ弁慶の墓があります。墓は義経の墓に向かって建っています。

12、伝義経首洗井戸
腰越の浦で首実検された義経の首は浜に捨てられ潮に乗ってこの地へながれつき里人が此処の井戸で洗い清め弔ったと言われています。「源義経公の首塚」と刻まれた石碑と洗った井戸が残されています。

13、白旗神社
頼朝の命で義経を祀る為に作られた。義経は文事5年(1189年)4月30碑奥州平泉で自害、首は鎌倉腰越に送られ、同年6月13日弁慶と共に和田義盛、藤原景時により首実検が行われたのち放置された。
放置された首は流され藤沢にたどり、胴体は宮城県栗原市に放棄された。
白旗神社入り口 右側道路の交差点を右に入って100メータ先に入り口が見えます

中に入ると正面が見えます。
源義経公鎮励霊碑
左手石塔は義経の首を埋葬するする藤沢市と胴体を埋葬する宮城県栗原市の両市が合祀し、義経没後800年の平成11年(1999年)建立した供養塔である。

14、弁慶の力石

階段を登ると右にある。この石に触れると健康になり病気をしないと言われています。

15、伊勢山橋
東海道に戻り西へ5分伊勢山橋に到着 右へ行くと帰路駅

終点 小田急線藤沢駅北口

藤沢宿地図

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