海が見える街 大磯町石神台

弥生終末における大規模な 東国移住記録の発見

 大磯町国府にある鷹取山の調査をきっかけに、日本の同名同種の山々の配置に、弥生時代の建国活動が記録されていることを見つけ研究してきました。これまで「たかとりが明かす日本建国」、「伊邪那美岐が明かす国生み」や「丘と岡が明かす天孫降臨」などの著書を発行し報告してきました。大磯町図書館や二宮図書館に寄贈本があるので利用ください。

 さらに昨夏、弥生終末の神武東征の後半(神武が宮崎を出発し、熊野山越えを経て奈良に入った後)に、東日本への大規模な集団移住があったことが、やはり多くの同名山に記録され、出発地から終着地までの経路になっていることを発見しました。経路は1200余が採取され、1年近くかけ経路図を作成し報告書にまとめてきました。下図はその一例です。図の高越山は「国生み」の中で、火の事故で倒れた伊邪那美の陵がある山です。多くが、この山に敬意を表す経路をたどっていました。

 この時、山名に用いられた漢字は書体は変わっているが、その時の文化を表わしていて、古事記や日本書記より古い文字による記録とも言えます。

東国移住の記録は、次をクリックしてください。

 <弥生終末の大規模な 東国移住の記録>

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